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青森地方裁判所弘前支部 平成10年(わ)72号 判決 1999年3月30日

主文

被告人Aを懲役二年に処する。

被告人Bを懲役一年六月に処する。

被告人両名に対し、この判決確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。訴訟費用のうち、証人Cに関する分は被告人両名の連帯負担とし、国選弁護人横山慶一に関する分は被告人Aの、国選弁護人小田切達に関する分は被告人Bの負担とする。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人両名は、車力漁業協同組合組合員または十三漁業協同組合組合員ではなく、かつ、青森県北津軽郡市浦村及び同県西津軽郡車力村等にまたがって所在する十三湖におけるしじみ漁業に関する漁業権及び入漁権がないのに、共謀の上、

一  平成一〇年八月二四日午後一〇時三〇分ころから同日午後一一時三〇分ころまでの間、右両漁業協同組合がしじみ漁業に関する第一種共同漁業権を有する前記十三湖内の同県北津軽郡市浦村大字相内字実取地内付近の一般漁区において、しじみ約四三六キログラムを採捕し、もって、右両漁業協同組合の漁業権を侵害した。

二  平成一〇年八月二五日午前零時ころから同日午前零時三〇分ころまでの間、前記十三湖内の車力漁業協同組合組合員Dがしじみ漁業を営む権利に基いてしじみの蓄養及び採捕等の業務を営む同県西津軽郡車力村大字富萢字清水二六番地付近所在のしじみ蓄養場において、夜陰に乗じ、六名の作業員を動員して蓄養場内に入り込み、多数の鋤簾を用いて湖底を掻き起こし、Dが蓄養し、採捕することとしていたしじみ約三八キログラムを密かに採捕し、もって、偽計を用いてDの前記業務を妨害するとともに前記両漁業協同組合の漁業権を侵害した。

第二  被告人Aは、しじみ採捕を事業としていたが、別表記載のFほか二名がいずれも報酬その他の収入を伴う活動をすることができる在留資格を有しない外国人であることを知りながら、十三湖内において、被告人Aの事業活動に関し、別表記載のとおり、平成一〇年七月二九日から同年八月二五日までの間、同人らをしじみ採捕に従事させて報酬を与え、もって、事業活動に関して外国人に不法就労活動をさせた。

(証拠)《略》

(法令の適用)

1  被告人A

罰条 第一の各所為のうち漁業法違反について包括して漁業法一四三条一項、刑法六〇条

第一の二の所為 刑法二三三条、刑法六〇条

第二の所為 出入国管理及び難民認定法七三条の二第一項一号

科刑上の一罪の処理 第一の罪について刑法五四条一項前段、一〇条(重い業務妨害罪の刑で処断)

刑種の選択 第一及び第二の罪についていずれも懲役刑

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条により最も犯情の重い判示第一の罪の刑に加重

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

2  被告人B

罰条 第一の各所為のうち漁業法違反について包括して漁業法一四三条一項、刑法六〇条

第一の二の所為 刑法二三三条、刑法六〇条

科刑上の一罪の処理 第一の罪について刑法五四条一項前段、一〇条(重い業務妨害罪の刑で処断)

刑種の選択 懲役刑

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(業務妨害罪を認めた理由)

一  弁護人は、本件公訴事実のうち判示第一の二の業務妨害罪について、十三湖における漁業権は、漁業協同組合が保有しているから漁業協同組合組合員個人の業務を侵害することはありえないとかしじみを採捕する行為が業務を妨害したとはいえないということなどを理由に無罪であると主張するので検討する。

二  関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  Dは、車力漁業協同組合の組合員で、農業を営むかたわら、十三湖でしじみを漁業する権利を有してしじみ漁業に従事し、家族の生活を維持している。

2  Dの行うしじみ漁業は、主に十三湖の休漁区でしじみを採捕して出荷することと十三湖に二か所あるDの蓄養場でしじみを生育させて採捕して出荷することである。

Dは、公訴事実記載の蓄養場(以下「本件蓄養場」という。)において、例年三月の半ば頃から湖底の土を耕すことから始め、そのころ前年の秋までに蓄養場に蒔いていたしじみを採捕するかたわら、本件蓄養場を四区画に分け、ここに四月に解禁となる一般操業区から採捕したしじみを蒔いて蓄養していた。しじみは孵化後ほとんど移動しないで成育する性質を持つから、Dは、蓄養場においてしじみを一か月くらい成長させた後、沖側から順にこれを採捕し、出荷するという手順で、おおむね年二回程度本件蓄養場全体からしじみを採捕していた。

Dは、平成一〇年六月から八月ころにかけて農作業の合間に蓄養場で蓄養したしじみを採捕していたが、同年九月上旬から一〇月ころまでには本件蓄養場でのしじみの採捕を終了させることを予定していた。

3  蓄養場は、車力漁業協同組合が設定した場所内で個々の組合員の場所が決められ、その場所で組合員が管理を任されてしじみを蓄養し、採捕の時期等に制限を受けずにしじみを採ることのできる場所である。

本件蓄養場は、間口六一メートル、奥行き五四メートルで、湖面にブイと木杭を立てて隣接する他の組合員の蓄養場と区画を分けている。杭は、満潮期でも水面から一ないし二メートル出るようになっていて区画が分かるようになっている。

4  被告人らは、本件蓄養場において鋤簾を使用してしじみを密漁したが、鋤簾を使用するとその篭入口部分の刃を砂に潜らせ、これを引いてしじみを採るため湖底には鋤簾の幅に相当する掘り返した痕が残る。

それによって、Dは、湖底の土に残った密漁の痕跡から本件蓄養場のうち被告人らに密漁された場所を知ることができた。そして、この場所には被告人らの判示第一の二の密漁によって小さなしじみしか残っていなかったことから、Dは、しじみを採捕しても成果が望めないと判断し、被告人らに密漁された場所で予定していたしじみ漁を断念した。

5  被告人Aは、本件犯行当日以前にも密漁させていた外国人らに木杭のある場所でしじみを採らせたこともあったが、外国人らは、本件犯行当日以前の十三湖におけるしじみの採捕によって、その場所でしじみを採れば他の場所に比べて大きいしじみが採れること、あるいはしじみが多く採れること、被告人Aが大きいしじみを採るために杭のある場所に連れてきているとの認識を持っていた。外国人らは、本件蓄養場について、付近の漁民がこの場所にしじみを放して育てている場所ではないかとか本件蓄養場の木杭を見て漁師がしじみを採るための目印ではないかと思っていた。

6  被告人Aは、捜査官に対し、蓄養場の木杭について、最初は何のための杭かわからなかったが下見を繰り返すうちにこれが漁協の管理を受けてしじみを採りすぎないようにするために漁師のしじみ採捕をする時期を示しているものではないかと思った、木杭の立っている場所でしじみを採れば漁師に迷惑をかけることになるとも思ったが、公訴事実第一の一の現場で採ったしじみには小石が多く混じっていたのでその場所でのしじみの採捕を中止した、しじみ採捕には費用もかけていたので、利益を得るために本件蓄養場に行き密漁した、木の杭のあるところでの密漁はできるだけ避けようとしたが外国人らはあまり言うことを聞かなかったのでかまわず密漁させたなどと供述している。

また、被告人Bは、捜査官に対し、密漁の下見をした際に漁師が木杭の枠内でしじみ漁をしているところを何回となく見ており、本件蓄養場は、漁師が専属でしじみ漁をするところと考えた、蓄養場からしじみを密漁すれば漁師に迷惑がかかり、その生活に損害を与える結果となることはわかっていた、外国人達にも被告Aを通じて杭の外で採るように話してもらったが外国人達は杭の中でしか採ろうとしなかった、それにもかかわらずたくさんのしじみを採って換金するため密漁をやめさせようとはしなかったなどと供述している。

被告人Aの妻であるF子は、捜査官に対し、平成一〇年七月終わりから八月初めにかけて、十三湖の中の木の杭がたくさんあるところは、しじみを採るライセンスを取っている人のものだということを被告人Aから教えられていて、タイ人達に杭のないところでしじみを採るよう指示したなどと供述している。

三  以上の事実からすると、本件蓄養場は、Dが生活を維持する上で従事していたしじみ漁を営む場所であり、被告人両名は、本件蓄養場が漁師にとってしじみを蓄養し採捕する場所であるとの正確な認識までは有してはいなかったと認められるものの、本件蓄養場でしじみを密漁すればDの営むしじみ漁の妨げになることは認識しながら敢えてしじみの密漁をし、これによってDが本件蓄養場における被告人らが密漁した場所でのしじみ漁を断念したと認められる。

Dが本件蓄養場で営むしじみ漁は、Dの職業であるから、業務妨害罪の保護の対象となる業務に該当することは明らかであり、被告人らがしじみを密漁したのは、密漁によって利益を得るのが主たる目的であったとしても、被告人らは、密漁によりDの業務を妨害するおそれのある状態が生じることの認識は有していたのであるから、被告人らの本件犯行によって、Dに対し、予定していたしじみ漁を断念させた行為は業務妨害罪の構成要件に該当するというべきである。弁護人は、漁協の業務とは別個にDの本件蓄養場における業務性を認めることができないとか被告人らのしじみを採捕した行為が業務の妨害とはならないなどと主張するが採用できない。

検察官は、被告人らの判示第一の二の行為について刑法二三四条の威力業務妨害罪を適用するべきであると主張するが、本件犯行において、被告人らは、深夜、密漁監視員の目を盗むためひそかにしじみ漁を行っており、その結果、Dがしじみの採捕を断念する原因となった本件蓄養場に残った鋤簾の痕跡も湖水の濁りからして可視的なものではなく、被告人らの検察官に対する供述調書においても本件犯行において被告人らが外国人を多数密漁に従事させたり、鋤簾等の道具を使ったのはしじみを大量に採捕して利益を大きくするためであって、監視員らに発見された場合に抵抗することを考えてまでのものではなかったと供述しているところからすると、本件犯行に刑法二三四条の威力業務妨害罪を適用するのは相当でなく、同法二三三条の偽計による業務妨害罪を適用するべきであり、漁業法違反の罪と業務妨害罪は観念的競合の関係に立つと解するのが相当である。

(量刑事情)

被告人らの本件犯行は、多数の外国人を使い、鋤簾やウエットスーツ、タイヤチューブ付バケツなどを用いて十三漁協や車力漁協が組合員に対する漁期や採捕量の設定、密漁の監視等きめ細かく資源保護をしているしじみを大量に密漁したものであり、被告人らは、犯行場所の下見をしたり、保冷車や密漁のための道具を用意して日中はこれらを隠匿して深夜使用し、密漁したしじみの販売先を確保していたなどその犯行態様は計画的、職業的なもので悪質である。

また、本件蓄養場からDが計画的に生育させていたしじみを採って、Dにその場所でのしじみ採捕を断念させてしじみ漁の妨害をしたものであるからその刑事責任は重く、Dはもとより漁協関係者は、被告人両名に対して厳重処罰を望んでいる。

さらに、被告人Aは、タイ人らの在留期間が切れていることを知りながら、これを雇い入れて違法行為に従事させるという不法就労活動をさせている。

しかしながら、被告人らに前科はなく、被告人らは本件犯行で逮捕勾留され、自己の行った行為を深く反省し、今後は親族らの監督を受け、正業に就き、まじめに稼働することを誓約していること、被告人らはしじみの密漁によって得た利益の残存部分を十三漁協に弁償していることなどの諸般の情状を考慮すると、今回は、被告人らの刑の執行を猶予し、社会内で更生させるのを相当と認める。

(出席した検察官 仲田雅之 出席した弁護人 被告人A・横山慶一、被告人B・小田切達)

(求刑 被告人A 懲役二年、被告人B懲役一年六月)

(裁判官 小野洋一)

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